私が助けたいのは「あの頃の自分」だ

思考・気づき

私がライフプランやミッションメイキングを多くの人に知ってほしいと思うのは、
「あの頃の自分」を助けたい気持ちがあるからです。

もちろん、実際は「あの頃の自分と同じ境遇の人」ですけどね。

例えばカウンセラーさんだったり、占い師だったり、
私もそうですけど「物」ではない商品を売っている方の中には、

私と同じく「あの頃の自分」を救いたい気持ちで仕事をされている方も
多くいらっしゃるのではないでしょうか。

私の中の「あの頃の自分」は25歳から

私の中の「あの頃の自分」は、25歳~30歳頃の自分がそれにあたります。

私は大学を卒業後、セイコーエプソンに入社しました。
プリンタが馴染みの会社ですが、時計やプロジェクターなどいろいろな製品を作っていて、
製造拠点だったり販売拠点だったりで世界各地に事業所がある会社です。

そこで、プリンタの電子回路設計を専門にする部署へ配属されたのですが、
仕事のおもしろさが分かりかけた2年2ヶ月で、私は結婚して退職しました。

遠距離恋愛だったので、仕事を続ける選択肢は自分の中にありませんでした。
そしてすぐに、赤ちゃんを授かりました。双子でした。

25歳で私は無職の双子のお母さんになりました

動けない自分と、軽やかに世界を飛び回る友人

出産後は、とにかく必死に、ひたすらお世話ばかりしている毎日でした。
ずっと部屋にいると自分がおかしくなると思い、準備をするのもくたびれましたが
なるべく毎日、近くの公園や支援センターに出かけるようにしました。

とにかく大人と会話したい。泣き声以外の声を聞きたい。そんな気持ちでした。
当時の私は、めちゃくちゃがんばって、動ける範囲が家から半径500mでした。

そんな頃。

勤めていたときの同期の友人達は世界中の事業所を飛び回るように仕事をしていました。

今の私は家から数100m出かけるだけで必死でぼろぼろ。
同期の友人は飛行機で世界中を飛び回って輝いてる。
(と、私の目には映っていた。友人達にも悩みがあっただろうけど。)

ついこのあいだまで、私達は「同じ場所」に立っていたのに。

そのあまりにもな「差」に、もちろん子どものことはかわいくて大好きだったけど、
もう私は「あっちの道」には戻れないんだな。
と深く落ち込んだのを覚えています。

「仕事に全力をぶつけてみたい」ができなかった生煮え

その頃は同期と同じく、夫も仕事の範囲が広がってくる頃でした。
そんな夫の仕事の話や、仲の良かった友人が電話越しにしてくれる仕事の話を
興味深く聞きながらも、心のどこかにあるのは、

私だって、やればできるのに。

という卑屈な気持ち。実際にやればできたかは分からないけれど、
仕事を始めて2年ちょっとでやめてしまったので、
「仕事に全力をぶつける」「自分の力でどこまでできるか試したい」
みたいな経験をしないまま“あの場所”から降りたので、

なんだかそんな気持ちが「生煮え」のまま、ずーっと、心に残っていて、
どうしようもなく、スネていました。

夫ともぶつかることが多かったし。
あなたはいいわよね、みたいな気持ちですね。

優しくしてくれていたのに、本当に謝りたいぐらい
イライラしていたし、めちゃくちゃでした。

そんな「あの頃の自分」を助け出してくれたのがライフプランだった

そんな気持ちだったので、「何もしないで家にいる」ことに
ひどく焦っている自分がいて(何もしてないわけじゃないけどね)、

何かできることを→資格取る?→資格といったらユーキャン?
というベタな発想で、たまたま取ろうと決めた資格がFPでした。

仕事に活かせなくても、家計管理に役立てば勉強代の元は取れるだろう、
みたいな軽い考えから決めました。

勉強をしていると、おもしろくておもしろくて。
早く知りたかった、なんでこれ学校でやらないの、と思う知識もたくさんありました。

一番感動したのが、「ライフプラン」という考え方でした。
もちろん、お金の見通しを立てるというのが本来のライフプランの使い方なのですが。

ライフプランの手順の中に、「家族の年齢を並べて書き出す」作業があるんですね。
そこで、我が家のライフプランを作成していて気が付いたんです。

『あれ?私、子どもたちが成人したとき、まだ45歳なんだ。』って。
目が覚めたような気持ちでした。

「仕事に全力をぶつけて自分がどこまでやれるか試したい」が再燃

子どもが成人しても、自分はまだ45歳なんだと分かってから、

生煮えで心の奥につっかえていた
「仕事に全力をぶつけて自分がどこまでやれるか試したい」気持ちが沸々と再燃しました。

そして、今からでも、もう1度ゼロからスタートしたって、
たくさん経験を積めるぐらいまだまだ時間はある、と思えるようになりました。

そのあともまた、再燃した熱が暴走して「やれること・やれないこと」を勘違いしたりと
話せば長いほど色んな出来事があり、色んな感情を持ちましたが(また今度書きます)。

とにかくこんな体験から、私はライフプランに救われた気持ちが大きくて、
同じように、どうしようもなくモヤモヤした気持ちで家庭と仕事に折り合いがつかず
悩んでいるお母さんがいたら助けてあげたいという気持ちで今、FPをやっています。

自分の手で自分の未来を動かしている今が一番楽しい

また1から経験を積もうと決めてから、
「自分がどこまでできるか試したい」気持ちで行動するようになりました。

それからはどれだけ遠回りで上手くいかないことがあっても、
『あっ、これ?将来のための“布石”ですから。』みたいに、

ネガティブな出来事でも自分に都合よく
前向きに捉えられるようになったように思います。

「ええ、全てが戦略でした。」なんて、将来的には格好良く言ってみたいですね(笑)。

「どこまでできるか試したい」の結果を成功か失敗かみたいな評価で捉えず、
ただただ、試している自分が今一番楽しいです。

どこから再スタートでも、そんな気持ちになれることを
「あの頃の自分」と同じように時間が止まったままの人に、
これからも伝えていきたいなと思います。

 

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