お年玉の持つ「価値」について考える。

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1月も半ばに差し掛かりました。

学校や幼稚園の時間割もようやく通常に戻り、

荒れた部屋を片付けたり、やり残した(家庭の)事務作業をやったり。

 

子供と居る時間は楽しいし嫌ではないけれど、

でも、同じぐらい1人になれる時間も好きです。

 

子供がいるとまとわりついてきて(笑)進まない家仕事が、
自分のペースでサクサクと進められるのって快感じゃないですか?

 

いや~今日よく動いたわーなんて。

 

私の場合はそれがストレス解消になったりもします^^

 

そんな私が、

子供が居ないうちに落ち着いてやりたかったこと。

 

それは、お年玉の集計です。

 

お年玉の文化って、地域によってかなり差がありますよね。

 

実家の方はすご~く広い範囲の親戚から、お年玉を頂く文化です。

 

親戚からかなりの高額を受け取るので、
我が家では直接、親から子供達にお年玉をあげたことはありません。

 

はじめてのおこづかいシリーズ』を卒業し、
最近ブログに登場していなかった双子娘ですが。

 

先日、叱りました(久しぶりのエピソードが叱ったこと~^^)。

 

それは、お正月。お年玉を受け取る際に、
コタツに寝っ転がったまま、相手も見ないで、
「ありがと~」みたいな適当な態度だったので。

 

その場で改めさせてお礼を伝えたあと、
その方が帰られてから「そこ座りなさい!」からもう1回(笑)。

 

たくさんの方からお年玉を頂くので、

変にもらい慣れてしまっていたところがあって。

 

そうじゃないんだよ、と、1つ1つが大事なんだというところを
改めて伝えました。

 

お年玉の持つ「価値」は、ただ金額だけの話じゃないと思います。

 

たくさんの人の、優しい気持ちを乗せて巡っている。

 

なんて、キレイ事のような書き方をするとペラッペラな内容に

なってしまうけれど。

 

感覚的に、田舎ほどそんな文化に込められている「価値」が
大きいように思えます。

 

自分がしてもらった恩を次の世代に返していく。

もらった人に直接恩を返すというより、
その分を次の世代に渡していくようなイメージ……。

 

その場で完結しない「貸し」と「借り」。
大きくてゆったりとした、タテにもヨコにも広いつながり。

 

そんな田舎の、切っても切れない大きなつながりを

 

「縁」や「結」という言葉で表すか、
それを「しがらみ」というふうに感じるかは考え方次第かなって思います。

 

お年玉をもらうことは、子供にとっては1つのイベントですが、

「文化」なんだと思うとまた、金額だけではない価値が見えてきますね。

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