専業主婦の昔と今……イメージが変わる、これからの主婦像とは

思考・気づき

私が専業主婦でいる理由は1つじゃないけれど、そのうち一番大きい理由は、
夫が仕事柄『休日でも何かあれば呼び出されて居なくなる職業だから』です。

だから「今日は講座があるから子ども達を見ててね。」って頼んでも、
もし途中で呼び出しがあったら夫は仕事に行くしかないので。

最終的に誰が子どもを見るのかってなると、
結局私が見ることになるんです(両実家とも遠いので)。

子どもが寝たあとに帰ってきて、起きる前にまた出て行って、
子どもが「何日か父ちゃんに会ってないね」って言うとかザラだし、
予定が直前でキャンセルになったり、狂うのもザラ。

家事育児をやってくれない人なんじゃなくて
(何ならやってくれるときは私より手際が良い(笑))、物理的にいない人。

いる前提で予定を組むと大変なので、いない前提でも動けるようにしておくという……
アテにできない人。

そう気付いた結婚3年目に、
私の相言葉は「夫は頼りにするけどアテにしない」になりました(笑)。

そんなのウチだけじゃないはず

これは別に大変自慢をしようというのではありません。
みんなどこのお家も、言わないだけで色々大変な事情を抱えてる。

そして苦労している人ほど言わない印象です。

職業は書かないけど
『休日だろうが何かあったら呼び出されて居なくなる職業』だっていくつもあるでしょう。

あと、今住んでいる清水は大きな港があるから、
船の関係のお仕事をされている方もけっこういて。

あるお母さんは「船で出て行ったら1ヶ月帰ってこないとかザラ。」って言ってました。
専業主婦でいるお母さんは、理由があってそうしている場合も多いということです。

専業主婦って最近肩身の狭い空気がありますが……

で、言いたいのは。

専業主婦は世間的には「昭和のモデル」で「もう古い」のかもしれないけれど、
我が家にそれが合ってるならば、選べればいいんだよということです。

夫の仕事が昭和のモデルなら専業主婦がベストマッチ
(仮面ライダービルドに影響されています)だったって、ちっともおかしくない。

でね、そこで問題なのは、じゃあ専業主婦の人は「働くことで得たいもの」は
我慢しなきゃならないのか?ということ。

そこが、今の専業主婦と「昭和のモデル」との違いじゃないでしょうか?

今は在宅でも“とれる手段”がいっぱいあります!

今は在宅でも自分から発信する手段があるし、勤める以外の働き方も選べます
さらに、なんなら無いものは新しく作ってしまえばいいという気風です。

だから、「働くことで得たいもの」も諦めずに取りに行けばいい
私の場合、働くことで得たかったものは「社会貢献」「やりがい」「お金」とかかな?

このうち「お金」は足りない分だけ足りればいいと思っていて、
たくさんは必要ありません。

そう考えてみれば、私が本当に得たいものは「働くという事実」ではなく、
「社会貢献」「やりがい」「お金」こっちの3つなんだなと。

それが得られれば、手段は「働くこと」でなくてもいい

だから私は、「地域活動に積極的に参加する」「在宅ワーク」「ときどき講師」
「陰ながらアイデアコンペに応募(ちょこちょこ入賞してます。)」というように、

複数の手段で「社会貢献」「やりがい」「お金(少し)」の目的を満たしてます。

時期が来たらまた「働くこと」を選択するのかもしれないし、
色んな可能性を残してアンテナを張っておきたいと考えています。

専業主婦ってよくよく考えたらめちゃくちゃ自由度高いですよ

だから、専業主婦は古い型だって考えるのがもう古いんじゃないか?
そう思っていて。

専業主婦だって「こうあるべき」みたいな型(昭和のモデル)を無くして、
もっと自由に主婦像を描けばいいんだと思います。

……でも、そうすると“専業”っていう単語が何かしっくりこないなー。
なんて思ったり。

在宅ナントカ……とか?もっとカッコイイ横文字とか?
なんか、そのうち専業主婦も違う言葉に置き換わりそうな予感がします。

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